第十話 調停

封筒の差出人には、◯◯地方裁判所と記載があった。
奥さんは、調停を申し立ててきた。
ついにきたか・・・。
僕は、年末の出来事を思い出していた。
雪の降りしきる寒い日、奥さんの実家のそばの喫茶店で彼女と会った。
僕は、寒いからか、これから奥さんと話すからか、ずっと震えていた。
僕は、ボソボソと話し始めた。
「・・ずっと1人で暮らして寂しくて・・」
「・・・」
「何をしても虚しくて・・」
「・・・・」
「いつもあなたや子供の事を考えてばかりで・・」
「・・・・」
「お願いです・・戻ってきてください」
「・・・・」
震えながら、ボソボソと話し続けた。
奥さんの表情を見る。
その顔は、
能面のような、冷たい、無表情であった。
「ごめんなさい・・ホントにもう限界です・・」
「・・・」
奥さんが、ハッキリとした口調で話し始めた。
「帰りません」
「戻ることはありません」
「いい加減早く離婚して」
「離婚してくれないなら、調停を起こしますので」
「はい、もう帰って」
事務的で、淡々とした口調だった。
調停・・・。そこまでやるのか。
「・・・子供たちに会わせて」
子供と会ってから既に半年以上経過していた。しかも、その時は謝罪中だったので、ろくに子供と話していなかった。
「・・・わかったわ」
彼女と共に実家に向かう。
両者とも、無言で、重苦しい空気だった。
家の外で待たされた。
しばらくすると、奥さんが戻ってきた。
「今寝てるからダメ」
なんだその理由は・・・
「遠くから父親が会いに来たんだよ?そんなしょっちゅう来れないのに」
「ホントに寝てるの?」
「寝てるって言ってるでしょ」
「起こしてきて」
「無理」
「・・そう。じゃあ会えるまで毎日行くよ」
彼女は、あからさまにめんどくさそうな顔をしていた。
「おかえりくださーい」
「ちょ、ちょっと」
引き止めようとすると、
「はーい、さようならー」
そう言うと、彼女は僕の前から風のように走り去り、
家の中に消えていった。
こちらを全く見向きもせず。
仲がよかった頃、いつまでも見送ってくれていた子が、
今は僕をその辺の石ころのような扱いであった。
こうも変わるのか・・
なんて冷たいんだ・・・
その一件以来、連絡を取っていなかった。
調停は、被告が居住している地区を管轄している地方裁判所にて実施される。
被告は僕なので、原告側の奥さんが東京に来て調停をおこなう事になる。
ただし、両者が合意の上で、裁判所を変更する事ができる。
奥さんは、実家の近くの裁判所に変更する書類を送りつけてきた。
ラインでも同内容の要求が届いた。
「つきましては、変更の同意書を返送してください」
「私は子供がいるので」
変更するのが当たり前のように思っている口調だった。
「子供を連れてくる必要はないでしょう」
ここでも喧嘩が始まった。
結局、彼女の実家の近くではないが、より近くの裁判所で調停をおこなうことにした。
ついにここまできたのか。。
調停で、離婚は回避できるのだろうか。。
僕は、喧嘩をしつつも、まだ少し願望を持っていた。
調停当日。
初めて裁判所に向かう。
とても緊張した。
原告の奥さんと、被告の僕。
調停では、両者が顔を合わさないように、裁判所に行く時間をそれぞれズラして指定される。
・・そうじゃないとな。逆恨みをして、相手を狙う輩とかもいるだろうからな。
そして、控え室も別々に用意された部屋で待機する。
雑多な感じで、防犯対策も何も施されていない、簡素な部屋だった。
これも、相手と刺し違えてでも襲ってやろうと考えている人間に取っては、控え室に押しかけるなんて造作もないことだな・・
そんなことを考えていた。
長椅子がいくつか並ばれている。
待機している人が、僕以外にも10人くらいいただろうか。
初老の男性
30代くらいの女性
弁護士らしき人と相談している人
憔悴している人
いろいろな年代の人たちが待機していた。
・・・みんな、どんな係争を抱えているんだろう。
僕は、人生を左右する裁判、調停を前にした、たくさんの人達が過ごしてきたこの控え室にいることで、なんとも奇妙な感覚を覚えていた。
僕の人生、これからどうなっていくんだろうな。。
僕の名前が呼ばれる。
部屋の中に入ると、男女2名の調停員が座っていた。
調停では調停員が原告、被告双方の話を交互に聞き、お互いの妥協点を見出し、提案し、双方の合意で作成された調停調書が発行される。
調停員は年齢が比較的高い人が務めている。
人生経験が豊富で、様々な事情を抱えた人達に対処するためだ。
この日から、僕の1年に及ぶ調停闘争が始まった。
続く
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