第十一話 闘争

部屋の中には、男女の調停員が座っていた。
季節は春。
この日から、僕の1年に及ぶ調停闘争が始まった。
「はじめまして。宜しくお願いします」
調停員は、60代くらいの初老の男女だった。
男性はハキハキとした人で、女性はおっとりして優しそうな人であった。
総じて、和やかな雰囲気を作ってくれていた。
とはいえ、僕の緊張はなかなか解けなかった。
調停員と挨拶を交わし、早速聴取が始まる。
離婚調停は、まず離婚をしたいという原告の主張に対し、被告である僕はどうしたいのか、まず意志確認される。離婚をしたくない理由も話す。
「今回、離婚をしたいと、奥様は調停を起こされました。貴方はどうされたいですか?」
「離婚は・・したくないです」
「子供には父親が必要ですし、何よりも、彼女にまだ愛情もあります」
「そうですか」
「奥さんには本当に酷いことをしたと思っています」
「これからは生まれ変わって、奥さんを大事にします」
「わかりました。それでは奥様に伺ってみます」
「しばらく控え室でお待ちください」
次に、奥さんが部屋に呼ばれ、僕の言い分を伝え聞き、それに対し回答する。
僕と奥さんが顔を合わせることはない。
顔を合わせる時は、調停が成立し、決定内容を読み合わせる時のみだ。
控え室でしばらく待たされる。
緊張で何もできない。何も考えられない。
周囲の人たちを眺めるくらいだ。
奥さんの回答は拒否だとわかりきっている。
それに対する対案が思いつかない。
どうしようか・・・。
そうこうしているうちに、調停員が迎えに来て、控え室に入るよう指示された。
「先ほど奥様と話しました」
「残念ですが・・やはり離婚したいとのことです」
「・・・そうですか」
「どうでしょうか。ここは送金を再開して誠意を見せてみませんか」
別居した当初は、僕の生活費と小遣い5,000円を引いた給料の残りを送金していた。
しかし、喧嘩するようになってからは送金をやめていた。
彼女は実家で、しかも同居時、彼女の口座を貯金口座にしていた。まあまあの金額を貯金していたので、生活に困ることは絶対にないのをわかっていたのでやめていた。
「わかりました」
僕は送金再開に同意した。
次に裁判所に訪れる日を調整し、1回目の調停は終了した。
次は1ヶ月後だ。
初めての裁判所。外に出た途端、どっと疲れが出た。
たとえ調停員が和やかな雰囲気を作ってくれても、人生の重大な局面を決める場である。やはり重いし、緊張するし、疲れる。
今後は遠方であるため、調停は1ヶ月か2ヶ月毎に開かれる。
毎回この重圧がのしかかるのか。。
・・・しんどいが、頑張ろう。
2回目の調停。
話し合いは平行線だった。僕は彼女の実家の近くに引っ越すことを提案。ゆくゆくは家を購入し、奥さん名義にしていいと思ったが、拒否された。
調停員は奥さんに対して、父親がいない事、片親しかいなくなるということが子供へどんな影響を与えるかを話してくれているようだった。
だが、彼女は聞く耳を持たなかった。
当然、調停中は子供と会えなかった。
長引けば長引くほど子供と会えなくなる。。
『早く、なんとかしたい』
夏の熱い日差しと、ミンミンとセミの鳴き声が、うだるような暑さをさらに蒸し暑くする季節になった。
僕は、今までの夫婦生活で自分が我慢してきた事を話した。
彼女が嘘をついてる事、彼女が誤解している事も話した。
本当は奥さんの家族に言われた言葉、僕へのぞんざいな扱いなどがあったが、それを言ってはいけないと思い、心にしまった。
色々わだかまりがあるが、それでも夫婦を続けたいと訴えた。
だが、結果は変わらなかった。
僕はだんだん苛立っていった。
調停日をのちに用事があるとのことで延期されたこともあった。
『・・・相手はあまりこの話し合いを重要視していないな』
自分だって本当はこんな場所に行きたくない。だが、今はこの場所にすがるしかないのだ。
暑さが峠を越え、心地よい季節を過ぎ
秋も深まり、少し肌寒くなる季節の頃
僕は裁判所に到着した。
部屋でいつものように席に着く。
調停員が、口を開いた。
「本日は奥さんはいらしていません。なので、今回はあなたの現状のお気持ちをお聞かせください。また、以前お願いしていたあなたが離婚したくない旨を記載した手紙や収入証明などを頂けますか」
・・・なんだって?
奥さんが来ないなんて聞いていない。
「なんですか、それ」
「来てないって、聞いてないです」
「え、、裁判所から連絡は来ませんでしたか?」
「来ていません」
「そうなのですか・・。てっきり伺ってるとばかり」
調停日の調整は調停員からではなく、裁判所の事務官から連絡が来ることになっていた。
しかし、今回はなかった。
依頼された書類なんて郵送すれば済む。
僕は、なんのためにわざわざ出向いたのか。
そして、わざわざ決めた調停日を簡単にキャンセルする奥さんの無神経さ、ぞんざいな扱いに自分が情けなくなり、
怒りと悲しみが湧き上がった。
「どうして・・」
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「来ないとわかれば、わざわざ僕も来ませんよ!」
僕は、叫んだ。
「僕はなんのために来たんですか!!!」
「どれだけ交通費をかけて来ていると思ってるんですか!」
「僕は・・・」
「どうして・・・」
やり場のない怒りを、調停員にぶつけた。
調停員は、必死に僕をなだめようとした。
僕の目には涙が溜まっていた。
悔し涙だった。
続く
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